
先月末に7年8ヶ月ほど暮らした宮城県仙台市から岡山県岡山市へと引っ越しました。
しかし先日の津波によって計画は崩壊。道中にいろいろとありましたので体験記をネットの海に放流したいと思います。
どうやって行こうか?

今回の引っ越しは長距離移動なので自力での運搬は諦め、ほとんどの荷物や家具、家電類を引越し業者にお任せしました。
しかし距離の関係で鉄道輸送となるため振動に弱いカメラやパソコン、外付けHDDなどは自分たちで持っていくことに。さらに貴重品のほか、一番デカい所有物であるクルマをどうやって持っていくのか?という問題が生じます。

ちなみに仙台から岡山は陸路だと1,000kmとちょっと。どうしても運転すると事故のリスクは必然的に増えますので、できる限りハンドルを握る距離を減らすことにしました。
そのため今回は太平洋フェリーの仙台 → 名古屋の区間を予約。この航路は隔日運航であることから引越し業者の搬出も出港日に合わせてお願いしました。

このフェリー航路を利用することで自分で運転する距離が名古屋 → 岡山は330kmと当初の約3分の1に短縮できる計算です。
あと2年前に太平洋フェリーで北海道に旅行したときがとても楽しかった記憶があるうえ、乗船できる機会も限られているので思い切って1ヶ月前から特等室を取りました。
窓付きの広い和室でゴロゴロしながら洋上の旅を満喫するのを楽しみに引っ越し当日を迎えました。

※ 23年7月撮影

引越し当日の朝、津波
引っ越し当日の7月30日、この日は12時50分出港のフェリーへの乗船を控え*1、朝イチで不動産会社の退去立会がありました。
その準備のために空っぽになったマンションの部屋で最後の掃除をしていると、急にスマホから警報が鳴り響き――。

体感できるような地震もなく、リアルタイム震度のページを見てもどこも揺れておらず、しかも津波注意報は全国の沿岸に発出されていて……「こりゃあ、誤報だな!」なんて最初は気楽に考えていました。
そして無事に退去立会は終了し、めでたく仙台の居所が無くなりました。
でも船には乗れません。だって津波が来てるから。
……どうすんのよ?
津波よ、静まれ!静まりたまえ!

いつしか津波注意報は警報になり、しばらくすると太平洋フェリーからは遅延の連絡とともに仙台港に近づかないよう呼びかけるメールが届きます。
でも自宅だったマンションは管理会社に返してしまいました。駐車場も同時に返却したのでクルマを出して移動を始めるほかありません。
とりあえず……予約していた最高級牛タン弁当を受け取りに行きましょう(笑)。

結局、その後はイオンモールの駐車場に移動しました。そして車内でしばらくカーナビでテレビを見ながら情報を収集しつつ、状況が改善するのを待つことに。
せっかく朝イチで退去立会をしたのに、もう気づけばお昼を過ぎていました。腹が減っては戦はできぬので、牛タン弁当をいただきます。


船上ランチのはずだった牛タン弁当は車上ランチへと変貌し、次第に下半身がダルくなってきたのでイオンモールの店内を徘徊する始末。
待てど暮らせど津波の状況は改善せず、むしろ悪化の一途をたどります。

さすがに夕方頃には「もう自走した方がいいのでは?」という考えが浮かぶのですが、いかんせん太平洋フェリー側が欠航と言い出さないのです。あくまでも“遅延”とか“大幅な遅延”というリリースしか出しません。
これでは乗船を諦めても乗客側の自己都合によるキャンセル扱いとなって運賃が取り返せない可能性が捨てきれないわけです。運送約款を読んでも津波による大幅遅延とか欠航に関する条項はありませんでした。そりゃあ、誰も想定してませんよね。
こうなったらフェリー会社もとい津波との我慢比べですわ。意地でも乗船してやるか、運賃を全額取り返すまでです。
ロングランのはじまり

そんなこんなでイオンモール新利府に居座ること約7時間。18時過ぎについに太平洋フェリーから「本日中に出港できる状況にない」という案内が出ました。しかも運賃はキャンセル料なしで払い戻すとのこと。
……こうなると脳裏によぎるのは上掲の日本地図です。そう、1,000kmの超ロングドライブ バック トゥ オカヤマ。
いや、もう他に選択肢がありません。だって翌日以降にもしフェリーが出港できたとしても、今度は引越屋さんの荷物が先に届いてしまいます。

じつはこの「完全自走ルート」は以前、冗談半分で検討したことがありました。
どの高速道を走るのがよさそうか?途中で宿泊するならどこか?……あのときはジョークだった計画案が土壇場で役立つことに!
というわけでフードコートで晩ご飯をモグモグしていましたが、フェリーが事実上キャンセルされたメールを読んだ直後、すぐに電話を掛けた先は栃木県の佐野SAにあるホテル、旅籠屋 佐野SA店。
ここなら高速道路を降りずに宿泊ができます。これによって余計な初乗り料金がかからないほか、深夜料金を適用しての移動が可能になるため完全自走プランでは外せない宿泊スポットでした。
そしてラッキーなことに空室の確保に成功。
しかし仙台から佐野SAまでは約3.5時間の道のりです。
そしてクルマに戻ってイオンを出発できそうな時刻は19時ごろ。宿のチェックイン門限は23時……とはいえ22時半までの来館を呼びかけています。
要はのんびりしていられません。ギリギリのタイミングなので気張って走るのみ!!

当時、仙台港周辺のインターチェンジが一部閉鎖されていましたが、幸いにも東北道は順調に流れていました。
すでに午前中から半ば車上生活の状態で待ちくたびれてクタクタだったものの、運転支援機能に助けられながらチェックイン門限に滑り込みセーフ。
やっと落ち着いて休むことができました。

翌日も頑張りました

1ヶ月以上前から準備を進めてきた転居の当日に数百年に1度クラスの大災害を引き当てるとは……。もはや日頃の行いが悪いのか、逆に運がいいのかわからないです。
数日前から台風9号の動きは気にしていたんですけどねぇ〜。これは不思議な力で南太平洋で足止めに成功していたんですよ。でもカムチャツカ半島でのM8.8の大地震と津波なんて想定の範囲外でした。
こうなったら道中で各地の名物を楽しみましょう。たぶん立ち寄るのはサービスエリアとかパーキングエリアばっかりですけど。

かくして突如はじまった超ロングドライブですが、なんだかんだで1日目の夜だけで 全行程1,030kmのうち288km 全行程1048kmのうち299km*2を走ることができました。
ただし、まだ3分の1にも至りません。翌日は朝から晩まで走り通すことになりました。
そして何よりも安全第一を心がけました。到底、全力疾走で走り切れる距離ではないので、着実かつ安全に進んでいきます。
でも翌日のお話は明日の投稿にて。それじゃあ、また。
おまけ:ちなみにフェリーは……

予約していたのは7月30日に仙台港を出港する〈いしかり〉。
当初の予定では29日夕方に北海道 苫小牧港を出港し、30日10時に仙台港へ着岸。積み下ろしを終えて12時50分に再出港して翌31日10時30分に名古屋港へ到着するはずでした。
しかし8時半ごろの津波注意報から仙台港は機能を停止したため、沖合での待機が始まります。
そしてぐるぐると太平洋上を漂い、31日14時ごろに約28時間遅れで仙台港に着岸したようです。そしてその先に予定されていた仙台 → 名古屋の航路は欠航扱いとなりました。
乗船中だった方々の苦労は計り知れませんが、怪我人もなく全員が無事に上陸できたようなので何よりです。
撮 影:2025年7月 in 宮城県仙台市など
カメラ:Apple iPhone 15 Pro Max, FUJIFILM X100V