
やっぱり文章の超長期保存用のメディアは……石碑なんでしょうか?
今日の1枚は昨日に投稿した操山のハイキングルートにあった石碑です。
頑張って書き起こしてみると……
定
一 車馬デ乗リ入ル事
一 鳥𩵋ヲ捕ル事
一 竹林ヲ伐ル事右條々於境内令禁止者也
明治四十二年十二月九日
岡山縣
たぶんこう書いているはず。
文章としては全国各地の神社に残っている御触れと同じものです。
しかし調べた範囲では全国的に第二条が「魚鳥」となっているのに、これは「鳥𩵋」と語順が逆になっているのが面白いですね。
もしかしたらこの山には貯水池はあれど川や湖はないので、主に鳥を保護したかったのかもしれません。
ちなみに明治40年は西暦では1907年。石碑なら120年近い時間が経っても記録された文章がこうして令和の時代にしっかり読めてしまいます。
そしてこの石碑を前にして現地で「……読める!読めるぞ!!」というアハ体験(死語)をしつつ考えたんですよね、現代のデジタルデータっていつまで残るんだろうか?と。

思い当たるだけでもYahoo!ジオシティーズのサービス終了に代表されるように個人運営のWebサイトが消え去り、つい先日は 2ちゃんねる 5ちゃんねるがドメイン永久停止による閉鎖となって、ここ20年ほどネット上に蓄積されてきたドキュメントが失われる光景を目の当たりにしてきました。
ていうか読み込みができなければデータを保存しているHDDもSSDもUSBメモリもCDも“謎のオブジェクト”です。未来人が手に取っても「なんだこれ?置き物かな?」で終わりそう。
そういうことを思うと、弊ブログに載っている駄文は120年後も残っているのでしょうか?
……いやぁ、いずれ僕がドメインの更新ができなくなったり、はてなブログがサ終してしまうんでしょうね。
結局、どれだけ時代が進んで技術が進化しても人の営みが諸行無常なのは変わらず。一生懸命に写真を撮ってもブログを書いてもすぐに流れ去る刹那をほんの少しだけ繋ぎ止めてるだけに過ぎないのかもしれません。
それじゃあ、また。