「ちょっと、これは危ないと思うんですけど……」
勇気を出して発した一言。僕が指差す先には大型の石油ストーブ。
その上には手指消毒用のアルコールスプレーのボトルが置かれていた。
「……え?」
話しかけた女性店員が解せない顔をするので、もう少し説明を続けた。
「アルコールをストーブの上に置いてると引火しますよ」
「あ、はい」と店員は答え、スプレーボトルをストーブ天板の中央付近から端っこに動かした。
「いやぁ、そういうわけじゃなくて……」
そう言いかけたが、なんだか無力感に襲われてしまった。
『あ、ハズレのお店だ』あたりを見渡してそう思った。
カウンターやテーブル席にアクリル板も何もなく、案内された席では肩が触れ合う距離で客がぎゅうぎゅうに座っていた。
このラーメン店だけ新型コロナは流行していないらしい。
もし屋外や入り口にある食券機から店内の様子が見えていたら、回れ右して引き返していたはず。
しかし、もう食券を買ってしまっているし、今さら返金してもらって別のお店に行くほどの気力もない。
僕が席につくとすぐに隣に座るサラリーマンの前にモヤシと豚肉が山盛りになったラーメンが着丼した。
彼はスマホで記念撮影をするとマスクを取り、大口を開けて食べ始めた。
正直、至近距離で他人と食事するのがこんなに緊張するものだとは思わなかった。
新しい生活習慣が提唱されてからまだ日が浅いはずなのに、変わり果てた自分の感覚に驚きつつ、結局は僕も大口を開けて油そばを頬張るのだった。
ぶっちゃけ、ここ最近はスーパーとかでも入り口のアルコール消毒をしない人が増えてるように感じてます。
秋口ごろまでは誰しも列をなして手指を綺麗にしてたんですけどね。
ではでは。